NEW!!!後編第三話
RELAX OPEN ENJOY!... by STRONG
のんびりバスに揺られること8時間。ポカラの町に着いた。カトマンドゥューとは打って変わって、のどかな風景が広がっていた。心なしかポカラの人々はゆったり生活してる気がした。しかし、バスを降りた瞬間、空港同様、あっという間に宿の客引き合戦に引き込まれた。6〜7人が一気に取り囲む。またかぁ・・・と思いつつも、詰め寄る客引きを次々といなし、話を聞いていった。カンボジアの国境、カトマンドゥューの空港、さすがに3回目となるともう慣れたものになっていた。そのやり取りを冷静に対処し、楽しんでいる自分がいた。交渉が楽しくなってきたのだ。相手が真剣なほど楽しい。バカにするわけでもなく、俺も真剣に聞き答える。そんな他愛もないやり取りやネパール人の喜怒哀楽が、俺の中で忘れていたものを呼び覚ましてくれた。kbleemやstinkerが言っていた『面倒くさいがたのしい。面倒くさいを楽しめ』と、その意味が何となくわかってきた気がした。騙されたら騙されてもいい、ボラれたらボラれてもいいい、それはそれでいい。それを見抜けなかった俺がアホだし、騙したりボッたりした相手の勝ちだと思うようにすればいいんだと思った(正直くやしいけど(笑))。そうやって腹をくくって交渉を楽しんだ。そのうち、俺たちの交渉の輪から抜け、諦めたように一人座っている青年がいた。こんなに諦めが早いネパール人も初めてだったので、近寄って声を掛けてみた。宿の名前を聞くとなんと‘SHANTI G・H’だった。すぐにstinkerに声をかけ、その青年のタクシーに乗って宿に向かった。タクシーの中でポカラのことなどを聞いたりした。その青年は日本語が少し話せて「何でもあるよ。困ったことがあったら俺に言え!」と威張り気味で言った。そして「僕は決して押さない、決して押さない」と聞いてもいないのに何度も繰り返し言った。その話しぶりが面白くて俺たちは密かに彼のニックネームを名づけた。‘押さないプッシャー’と。顔を見るとそのニックネームがよくハマる(笑)。そうこうしてるうちに10分で宿に着き、早速部屋を見せてもらった。部屋の中を見るとメチャクチャ広かった。そして何よりきれいだった。俺たちが行った時期はシーズンオフでツーリストも少なかったので、破格の値段で泊まることができた。結論から言うと、ポカラでの日々は最高だった。宿の回りは静かで、天気も良かったし、カトマンドゥューに比べてポカラの人はしつこくなくて適度にほっといてくれた。ある一部の人たちを除いて。俺はいわゆるリゾートが大好きらしい。2、3日してからstinkerといっしょに近くにあるペワ湖に行った。宿から歩いて10分ぐらいのとこにあって、どうしてもstinkerが釣りをしたいと言うので、俺も特にすることがなかったので付いていくことにした。水辺に着くとボート貸しの青年が竿を家から持ってきてくれて、エサになるパンを湖の水でフニャフニャにしてから渡してくれた。それを受け取り、湖へと出発した。が、思うように進まない。俺たちはただその場をグルグル回っているだけだった。恥ずかしいというよりも、ボートが漕げない自分に笑った。遠くのほうでネパール人の若者たちが何人かでデートをしてた。やはり、うまい。見よう見真似で漕いでみると、何とか前に進んだ。湖の真ん中辺りでボートを止め、stinkerが釣り針にエサを付けて竿を垂らしてみる。しばらく経って竿を上げてみたが何もかかってなかった。ポイントを変えようと思い、何とか蛇行しながらも着いた。そしてまた竿を垂らす。・・・・・・・・・・・やはり無反応。stinkerが指示を出し、俺が舵を取る。漕いでいるうちに、コツを掴んできて思った方向へ進めるようになってきた。気分はもう船頭(笑)。ボートも漕いでみるとなかなか面白い。漕がず嫌い?だったんだ。ぼんやり真っ青な空を眺めていると、すぐそばを上半身裸のおじいさんが、ものすごいスピードでボートを漕いで行く。ゆっくり漕いでいるのにボートはリズム良く進んでいく。俺は羨望の眼差しを送った。ただただRESPECT!3時間ぐらい、stinkerは釣りを俺はたっぷり昼寝を楽しんで宿に帰った。宿に戻って、少し休んでからから、久しぶりにフリスビーをした。何て単純で奥が深いスポーツなんだろうと改めて思った。ディスクを投げ、フォームを確認し、軌道を追い、相手の胸に真っ直ぐ届いた時、何ともいえない満足感を覚える。フィーゴやベッカムがボールを蹴りだして、そのボールがきれいに弧を描き、味方が走りこんだスペースにスッとボールが届く。似ている・・・。きっと気持ちイイだろうなぁ。サッカーの醍醐味はゴールを決めるだけじゃない!そんなマスタベーションにも似た快感を求めて、サッカーを続けている選手もきっといるはずだ。50往復ぐらいしたとこでフリスビーを止めた。集中力がなくなったらすぐ止めたほうがいい。実によくできたスポーツだと思う。次の日、起きて宿の中庭に行ってみると、中庭の芝生に布をいっぱいに広げて、チベットアクセサリーを並べているおかあさんがいた。見覚えのある、いつものあの怖ろしい笑顔を浮かべて。彼女は待ち伏せをしていたのだ。俺たちは彼女のことをチベタンマザー=(ある一部の人たち)と呼んでいた。
彼女との出会いを話そう。ポカラに着いた初日、俺たちは湖の周りをプラプラと散歩していた。そうしたら、向こうからチベタンマザーがアクセサリーを買えと近付いてきた。軽く話を聞いて買わずに帰ろうと思っていたけど、いらないと言ってもゴキゲンに帰る様子がない。終始、文字通り笑顔でニコニコしてて、とりあえず買わせようとする。大体の物売りは5、6回いらないといえば諦めて帰るのに、チベタンマザーはへこたれない。仕方なく俺のほうが折れて結局買うことにした。買うと言ってるのに、決して負けようとしない。しかも、ネパールの物価からいったら破格ともいえる値段で。その日は完敗ムードを引きずって宿に帰った。そして、いま目の前にそのチベタンマザーがいる!?とりあえず、声をかけてみたが、やはりまた買えという・・・。もうここまできた彼女の商売魂に負けてさらに買うことにした。彼女の名誉のために書くが彼女は決して悪い人間じゃないよ。むしろ純粋すぎるぐらい真っ直ぐな人。時に、俺らみたいな悪い人は彼女みたいな人に心打たれちゃうわけね。あしからず・・・。そうして、長いようで短かったポカラの日々が終わりを告げようとしていた。ポカラには二週間滞在した。まだまだ充分いれたけど、沈没コースだなと思い、次の目的地、そして最後の国、インドに向かうことにした。この旅、最大の過酷な移動になるとも知らずに、G・Hのオーナー、押さないプッシャー、近所の駄菓子屋のお姉ちゃん、チベタンマザー∞、みんなに別れを告げ、朝日も昇っていない早朝、俺たちはバスに乗り込んだ。
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