待つこと1時間。遠くから見覚えのある人影が。stinkerだぁー!無事に再会をし、俺達は熱い抱擁を交わした。なぜ?いや、しかし外国で親友と再会するのは格別なものだった。何だか何十年も会っていないようなそんな再会だった。タイは彼も初めてということなので、一応俺が市内を案内した。サイアムスクエア、マーブンクローン、スクンビット通り等等、ひと通り見て回った。しかし、ここはもはや日本。生活に困ることは何もない。何でもある。俺達が欲しいもの、やりたいことはここにはない。ある1つの地域。ゾクゾクするようなアジアの雰囲気を残している屋台や路地を残しては・・・。
しばらくして宿に戻り、旅の計画を立てた。とりあえず、アンコールワットに行くことにした。その夜、屋台でバミーを食べた。旅に出る前、kbleemがタイ語をひとつ教えてやると言っていた。『アロイ。おいしいって意味。アロイの意味を自分で感じてこい。』それを思い出した。しばらくしてバミーがやってきた。バミーとは麺のこと。簡単に言うとタイのラーメン。屋台の机の上には調味料が4、5種類置いてある。一味唐辛子、鷹の爪のオイル漬け、砂糖、酢みたいな酸味の液体、アーモンドを砕いたようなもの。隣のタイ人を見ていると慣れた手つきでそれらを入れていく。俺も真似して入れてみた。入れる前のバミーのスープは鶏がらの塩味。それだけで全然いける。ひと通り入れてよく混ぜて食べてみた。食べてみるといろんな味がした。複雑だった。辛い、酸っぱい、しょっぱい、甘い、そしてうまい!まさに『アロイ』だった。いや正確にいうと『アロ〜イ』だった。これがアロイかぁ。日本人のうまいとタイ人のアロイはこんなにも違うんだなと思った。恐るべしアロイ。またひとつ勉強になった。またひとつ自由になれた気がした(沢木耕太郎風)。
次の日、タイとカンボジアの国境近くの町、アランヤプラテートに向かった。バスでバンコクから6〜7時間(たしかそのくらいだったと思う)、アランヤプラテートに到着した。無理な移動は極力避けようと決め、その町に1泊することにした。何もない町だったけど、のんびりしていて過ごしやすかった。その夜、夕食を食べようと少し町を散歩した。一軒のネットカフェを見つけ、その中に入った。おばあちゃんが経営していてその店は町の子供たちでいっぱいだった。恥ずかしいのか興味があるくせにチラチラ見るだけだった。懐かしいチェリオを飲みながらネットを済ませた。なんだか少しホッとした。翌朝、国境に向けて出発した。しばらく歩き、途中両替をしようと銀行に立ち寄ると日本人らしき男がこちらをチラチラみていた。案の定話しかけてきた。『君たち、どこ行くの?』いやぁ〜、ボーダー越えてシェムリアップまで行こうと思ってるんですよ。見た目はうさんくさそうな30代半ばといったところだろうか?大槻ケンジを10倍だらしなくした感じ。彼の隣にはタイ人と思われるオバサン。いったいどういう関係なんだ?まぁ、いろいろあるんだろう。あまり詮索してもしょうがない。彼はビザが明日切れてしまうらしく、一回カンボジアに入国してから戻るということらしかった。『僕も国境行くから君たちも乗って行きなよ』と誘ってくれた。歩いていくにはかなりの距離があるらしい。二つ返事で乗せてもらうことにした。そしてもう1人。目の前をトボトボと歩いている日本人と思われるおじさんがいた。頭にねじりハチマキ、白のタンクトップに半ズボン、靴はサンダル、背中には小学生低学年の子が背負うような軽装のリュック・・・。まるで、こなきジジイが歩いてるかのようだった。すかさずstinkerが話しかける。どこ行くんですか?『えっ〜と、カンボジア行ってその後インドに行くつもりなんだよ』。彼はバックパッカーというよりもはや生粋の旅人に近い。彼に別れを告げ、大槻ケンジの車の荷台に乗り国境を目指した。しかし、そのおじさんと思わぬとこで再会するとは夢にも思わなかったが・・・。国境に着くとイミグレーションを探しに歩いた。しばらく歩くとカンボジア人と思われる5、6人の少年たちがあっという間に俺たちを囲んだ。彼らは『俺たちがカンボジアのビザを取ってきてやるから金とパスポートをよこせ』と言ってきた。いきなり拉致に近いように取り囲まれ、カタコトの英語をまくし立てられ当然のようにパニックになった。初めての陸路での国境越え。なにもかもがわからない。言われるままパスポートと金を渡してしまった。状況がまったく把握できないまま待たされた。10分経ってもなかなか来ないのでさすがに不安になってきた。少年にパスポートを返せと言っても待ての一点張り。stinkerと顔を見合わせ、待つしかないなと腹をくくった。それから数分してパスポートが無事戻ってきた。遠くから俺たちのことを見ていた大槻ケンジが寄ってきて状況を説明してくれた。どうやら100バーツのバックマージンが欲しかったらしい。そして彼は言った。『簡単にパスポートなんて渡しちゃ駄目だよ!』彼の忠告は正しいと思った。何もわからない異国で命の次に大事なパスポートを手放すなんてどうかしていた。しかし、あの少年たちの強烈なプレッシャーの前に俺たちはただただオドオドするしかなかった。それにしても大槻ケンジ。お前だけにはいわれたくねー!やり場のないこの気持ちを思いっきりぶつけた。もちろん胸の中でだが・・・。
なにはともあれ無事国境越え!そして、カンボジア側の国境の町ポイぺトからシェムリアップまでの悪路をバスでひた走った。