バンコクまで6時間。
少しドキドキしながら窓の外を見ると日本の街の灯りがみるみるうちに遠ざかっていった。やっと日本から出れて安心したのか、しばらくの間ゆっくり寝ることにした。実は1日遅れのフライトだった。というのも、ノースウエストの飛行機のエンジントラブルかなんかでディレイディレイの連続でなかなか飛行機が飛ばなかった。状況説明を求める搭乗予定客が係員に詰め寄っていた。スモーキングエリアでタバコを吹かす客、ひたすらシートで寝る客。うぅ、もどかしい。時間はたっぷりあって焦る旅でもないのだが・・・。結局、ノースウエストの用意した成田の近くのホテルで1泊した。
ドンムアン空港に着したのは昼の13時ごろ。空港の外に出たとたんじっとりとした熱気が襲ってきた。心地よかった。初めて体験する四季のない異国の気候。それだけで嬉しかった。微笑みの国タイ。なんて素晴らしい形容。抑えきれない衝動とともに市内に向かった。
『ここが有名なカオサン通りかぁ、何か竹下通りみたいだなぁ。』
少し拍子抜けしてしまった。まぁ、いいか。とりあえず宿を探し、とりあえずの宿を決めた。そしてこれからどうしようかと考えた。行きたいとこややりたいことはたくさんあった。でもここに行きたいと強く思うようなとこはなかった。考えてみればそれも当然といえば当然のような気がした。漠然としたイメージしかなく曖昧さだけが常に頭のなかにあった。そういえばkbleemが前に旅の話をしてる時にこんなことを言っていた。
『何かを求めて旅に出て、答えを旅に求めても何もない』
今は全く意味がわからない。漠然とだが何となくその意味を知りたいと思っていた。まぁ、頭で考えていてもしょうがない。とりあえず行ってみよう!翌日、遺跡で有名なスコータイに向けて出発した。
旅は旅する人の思考、行動、経験、勇気さまざまなものによって、たとえ同じものを見たとしても感じ方が変わってくる。
痛いほど痛感した。スコータイの遺跡を見てもほとんど何も感じなかった。日本を離れて1週間。まだまだ俺の中に日本人として避けては通れない、いろいろなしがらみみたいなものが確かに存在してた。悔しいけれど感じずにはいられなかった。こんな自分自身を少しでも変えたくて旅を夢見て、この場所にきたはずなのに・・・。そんな気持ちを抱えてレンタバイクで宿に戻った。シャワーを浴び、飯を食いテレビをつけるとワールドカップが映っていた。日本vsブラジル戦だった。小中高とサッカーをやってきたので食い入るように観続けた。写りの悪いテレビと格闘しながら日本を応援した。しかし日本選手の動きが明らかに悪い。やる気があるのかと疑いたくなるような試合だった。玉田が先制してもブラジルを本気にするだけで、みるみるうちに追いつかれ逆転された。あっけなく試合終了。こんな試合をするぐらいなら出場なんて最初からするなと本気で思った。異国で感じる日本人という屈辱・・・。が、そんな試合でもたった1人気をはいて、ガムシャラにボールを追いかけてる選手がいた。中田だった。彼は自分に課せられた仕事を一生懸命こなしていた。全力でボールを追って、彼自身の出来るだけのプレー(行動)をやっていた。彼が日本代表というものを背負うことにどう思っていたかわからないが、彼は戦っていた。彼が試合終了後、ピッチに崩れ落ち大の字で寝ていた。ひとつの時代が終わった気がした。
その姿を映し出すテレビを観ている時、俺にも確かに伝わるものがあった。うまく言えないけど彼が日本代表、いやサッカーというもの通じて伝えたかったこれからの日本人として生きるひとつの選択肢を彼は体で教えてくれた気がした。少しずつだけど何か自分の中に新しいイデオロギーが誕生した。そんなスコータイの夜だった。
それからバンコクに帰り、カオサンをブラブラしたり、サメット島に行ったりしながらある人を待っていた。それは小学校からのもう1人の親友stinker。旅に出ようと決めて以来、彼と5年前から少しずつ旅費を貯金していた。『いつかいっしょに旅をしよう!』と。彼との約束が果たされる日がついにやってきた。そして彼を迎えにドンムアン空港へ急いだ。
STRONGへの質問・感想・応援メッセージはこちらまで。 |