Mark Coward's Column
Mark Coward
1974年生まれ イギリス リーズ出身 05年来日
現在英会話講師を勤めながら精力的に執筆活動中。
 ピノキオ・ガール

「ねえ、何かお話して」
 ベッドの中、僕の腕に抱かれたナタリーの声が薄暗い部屋に静かに響いた。彼女は眠れないとき、よく僕にこうやって話をしてくれるよう子供のようにせがむ。普段は少し気の強いナタリーだが、こんなときの彼女はとてもかわいらしく感じる。僕はそんなナタリーに自分が考えたり見聞きした話をいつも聞かせてあげる。
「どんな話がいい?面白い話、怖い話、それとも泣ける話?」
「そうねえ・・・」とナタリーは無邪気に考えた。「面白い話がいいわ」
「オーケイ」と僕は言ってどんな話をしようか考えをめぐらせた。「ピノキオの話は知っているよね?」
「もちろん」
「嘘をつくとピノキオの鼻は伸びるんだ。でも実際にそんな人間がいたってことは知らないだろ?」
「知らないわ」
「それがいたんだ。これは嘘をつくとピノキオのように鼻が伸びる女の子とそのボーイ・フレンドの話さ」

 彼女の異変に気付いたのはボーイ・フレンドの方で、それは最初のデートのときだった。
 とてもよく晴れた冬の日曜日、彼は約束の時間より二十分も早く待ち合わせ場所に到着した。でも彼女はなかなかやって来なかった。約束の時間を十分過ぎても二十分過ぎてもまだやって来なかった。北風がピューピュー吹きつけとても寒く、彼は少しイライラもしたけど彼女のことが大好きだったので、今日は彼女とこんな話をしよう、あんなことをしようと思いをめぐらせながら彼女の到着を待っていた。四十分ほど遅れてようやく彼女はやって来た。
「遅いよ、何かあったの?」
「ごめんなさい。実は出かけようとしたら実家から突然両親が訪ねてきちゃって・・・。すぐに追い返すわけにもいかないでしょ。だから・・・」
 そのときだ。突然彼女の鼻がモゾモゾと左右に動いたかと思うと、ニョキッと三センチほど伸びたのだ。まるで二人の小人が彼女の鼻の中でダンスを始め、せーのと一斉に前に向かって右ストレートを繰り出したようだった。
 彼は慌てて彼女に言った。
「ね、ねえ、鼻が・・・鼻が伸びたよ」
「えっ、何言っているのよ。誰の鼻が伸びたのよ?」
「キミだよ。鏡見てごらんよ」
 もう、何バカなこと言っているのよ、てな顔して彼女はバッグから鏡を取り出し覗いた。しかし・・・。
「何も変わっていないじゃない」
 彼女はそう言うとすぐに鏡をしまってしまった。
 あれ、おかしいな、と彼は思った。だって気のせいなんかではなく明らかに彼女の鼻は伸びているのだから。でもこれ以上何か言って彼女を怒らせたくなかったので、彼はもう何も言わなかった。それに鼻が伸びたおかげで彼女はさらに美人になり、彼はますます彼女のことが好きになった。
「それより何か食べに行きましょうよ。私、おなかペコペコなのよ」
 彼女がそう言ったので二人は食事をすることにした。
 レストランで向かい合って座ると、彼はあらためて彼女の鼻をじっと眺めた。とても素敵な鼻だった。彼はその鼻に綺麗な蝶がとまるのを想像して楽しんだ。まず一匹、ヒラヒラとどこかから飛んできてとまった。続いて二匹、三匹と。四匹目の蝶が飛んできたけどこれ以上とまるスペースがなかったので、しばらく彼女の周りをうろうろ飛んでから諦めて帰っていった。三匹の蝶はとても幸せそうに見えた。彼もまた幸せだった。
「そういえば・・・」と彼女が喋りだした。三匹の蝶は驚いて一斉に飛び去っていった。「今日、夕方には帰らなければいけないのよ」
「えっ、どうして?夜まで一緒にいられると思っていたのに」
「そのつもりだったんだけど、夜アルバイトがあるのよ」
 すると彼女の鼻がまた伸びた。
「でも今日はバイトはないって言っていたじゃない」
「そうだったんだけど、人が足りないからって急に頼まれちゃったのよ。どうしてもって言うから断れなくて」
 そう言うと彼女の鼻はさらに伸びた。蝶三匹どころかスズメが三羽はとまれそうだ。それでも彼女はまだ気付いていない。二人の小人は大忙しだ。きっと今頃は彼女の鼻の中でゼーゼー言っているに違いない。
「ちょっとトイレに行ってくるわ」
 食事を済ませると彼女はそう言ってトイレに向かった。今度はきっと気付くだろう、と彼は思った。きっと悲鳴を上げて戻ってくるに違いない。大丈夫、キミはそれでも十分綺麗だよ。彼は彼女を慰める言葉を用意して彼女を待った。
 彼女が戻ってきた
「だ・・・大丈夫!キ・キミは・・・」
「何が大丈夫なのよ。大声出さないでよ、恥ずかしいじゃない」
 彼女は平然としていた。
あれ・・・?
「いや・・・、トイレで何か変わったことはなかった?」
「別に何もないわよ。ただお化粧を直しただけよ」
「鏡見て?」
「当たり前でしょ」
 彼女は少し怒ってしまった。
 どうも彼女の伸びた鼻は彼にしか見えないらしい。レストランでも街を歩いていても誰も彼女の顔を見ても驚かないし、二人でショップのショー・ウインドーを覘いたときも、そこに映っていた彼女の鼻は普通だったのだ。彼は慌てて隣の彼女の顔を見たけど、やっぱり鼻は伸びていた。
 その後も二人の小人のダンスを何度か見届け、時間になり二人は別れた。
「じゃあ、またね」
 そう言った彼女の鼻は、小人が二人で楽しく追いかけっこができそうなくらい伸びていた。
「気をつけてね」
 彼はそれだけ言った。本当は鼻をぶつけないように、と付け加えたかったのだけれど。
 でも一体どうして彼女の鼻は伸びたのだろう。その理由が分かったのはもう少し後になってからで、その間二人は二度会ったけど、さらに彼女の鼻は伸びていった。
 ある休日、彼は一人で街をブラブラしていると、通りの反対側を歩いている彼女を偶然見つけた。彼は彼女を呼びとめようと声を出そうとしたが、彼女の隣を男が一緒に歩いているのに気がついた。しかも彼女は何とその男と手を繋いでいたのだ。あれは彼女じゃない、見間違いであってほしいと彼は思ったけど、見間違うはずがない。あんなに鼻の伸びた人間は世界中探しても彼女以外いない。彼はすごいショックだった。そういえば最初のデートのときも急に夜は会えないとか言い出したし、その後も何か様子が変だった。彼はこのときはじめて、ひょっとしたら彼女は嘘をつくと鼻が伸びるのではないかと思った。
 次のデートで彼は彼女を試してみた。
「ねえ、この前の休みの日は何をしていたの?」
 公園のベンチに二人で腰掛け、彼は彼女に訊ねた。
「買い物とかしていたわ」
「誰と?」
「学校の友達よ」
 すると小人のダンスが始まった。彼女の鼻が伸びたのだ。
「友達って男?それとも女?」
「女の子に決まっているでしょ」
 小人がまた踊りだした。決定的だ。やっぱり嘘をつくと彼女の鼻は伸びるのだ。
 彼は思い切って彼女に訊ねた。
「ねえ、僕のことが好き?」
「当たり前じゃない。好きよ」
 鼻は伸びなかった。彼はほっとした。
「僕以外に好きな男はいない?」
 彼はさらにそう訊ねた。
「いるわけないでしょ・・・」
 小人の激しいダンスが始まった。
「・・・私、今までこんなに人を好きになったことってないのよ。あなたと出逢って初めてこれが人を愛するってことなのねって思ったわ。だからもし何か疑っているんだったらあなたの思い過ごしよ。私はあなたのことが誰よりも誰よりも大好きなんだから」
 この後、小人のダンスはしばらく続いた。彼はかなり落ち込んだけどすぐに気を取り直した。だってこんな自分のことを好きでいてくれているのは確かなのだから。ほかに好きな男がいたとしても僕のことも好きならそれでいいと思った。
「僕もキミのことが大好きだよ」
 彼はそう言って初めて彼女にキスをした。彼女の鼻が邪魔だったので彼は首をほぼ垂直に曲げなければならなかった。
 それにしても彼女の鼻はだいぶ伸びた。この後二人で食事に行ったとき、店員にコートをお預かりしましょうかって言われた彼が思わず、いえ、彼女の鼻に掛けるから結構ですって言いそうになってしまったほどだ。
 でも長く伸びた鼻もいつも邪魔な存在な訳ではなかった。次のデートで二人は初めて一つに結ばれた。彼は今まで経験したことがなかったのでとても緊張した。そしてこのとき初めて彼女の鼻に触った。最初はおそるおそるそっと撫でてみた。すると彼女はとても悦んだ。
「あー、そこ、すごくいい」
 だから彼は彼女の鼻を何度も何度も愛撫した。彼女は何度も何度も悦んだ。あんまり悦ぶものだから口にくわえてあげようかと思ったけど、彼は男なので何となく、何となくその気になれずそれはしなかった。
「すごく良かったわ。私こんなに感じたのは初めてよ」
 終わった後、彼女はそう言って眠り込んでしまった。鼻は伸びなかった。
 彼はますます彼女のことが好きになり、いつか彼女が自分のことだけを好きになってくれるように心の底から願った。

 やがて二人が付き合って三ヶ月が経った頃、突然彼女が彼のアパートを訪れた。あれから彼女の鼻はさらに伸び、今では体操の選手が鉄棒の演技ができそうなくらいだ。部屋に招き入れると彼女は真剣な顔をしてゆっくりと話し始めた。
「私、あなたにずっと隠していたことがあるの。実はあなたのほかにも付き合っている人がいたの・・・」
彼は黙って聞いていた。
「でもね、このままじゃいけないと思ったの。どっちか一人に決めなきゃって。それでね、たった今、もう一人の彼と別れてきたの・・・」
 彼は涙が出るほど嬉しかった。
「だってあなたってすごく優しいし、それに何ていうか・・・私のことをよく理解しているし・・・」
 そりゃそうだ。彼は彼女の嘘は全部お見通しなのだから。
「本当にごめんなさい。もし許してくれるなら私あなたにもう二度と嘘はつかない・・・」
 彼女がそう言ったとき、またも彼女に異変が起こった。でも今度は鼻が伸びたのではなく、その長く伸びていた鼻がスーッと消えたのだ。そして彼女本来の小さな鼻が現れた。
「私、もう心を入れ替えたの。だから・・・」
 彼女は泣きながら言った。
 彼は最高に幸せだった。

「それで、二人はその後どうなったの?」
 僕の話に聞き入っていたナタリーが訊ねた。
「もちろん彼は彼女を許し今でも交際を続けているよ。二人の仲はより一層深いものとなったんだ。だって彼女は心を・・・いや、鼻を入れ替えてくれたんだからね」
 ナタリーはクスッと笑った。
「面白かったわ」
「そう、よかった」と僕は言った。「愛してるよ」
「愛してるわ」
「あれっ」
 僕はそう言ってわざと驚いたふりをした。
「どうしたの?」
「いや、今一瞬キミの鼻が伸びたような気がしたんだ。でも気のせいだったみたいだ」
「もう、ばかっ」
 どうやらナタリーを怒らせてしまったようだ。
「冗談だよ」
 僕はそう言って彼女にキスしようとした。しかしナタリーは顔を背け、体ごと向こうを向いて眠ってしまった。仕方ない。キスをお預けされたまま僕もそのまま眠りについた。おやすみ、ナタリー。

Chapter 6  
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